2008年06月14日
田中秀一さん:2008年6月14日
昨日、例のごとく神保町の書店街に「仕入」にいったところ、以下の本が平積みされていました。
この本の著者である田中秀一さんは、私が中小企業診断士として独立したての頃、TBC受験研究会でパートナーとして働かせていただいた方です。独立当初、私はTBC受験研究会の講師の仕事と共に、同社の通信教育講座の運営を請け負っていました。この通信講座の運営を同時期に独立した田中秀一さんと二人で行っていたのです。
非常に前向きな方で、私の独立したての頃の不安さや肉体的なしんどさを、よく励ましてくださいました。田中さんのお陰で、独立当初の孤独感もほとんど感じることはありませんでした。
とても頼りにしていた田中さんでしたが、独立して1年目に拠点を大阪に移されます。元々関西出身だった田中さん、関西でも独立してやっていく確信を得たのでしょう、ご家族のご希望もあって大阪に戻られます。このことを、田中さんに初めて打ち明けられたとき、私は涙したことを覚えています。仕事仲間との別に際し、涙したのは会社員時代も含めて先にも後にもこれ一回です。
なお、田中さんが、大阪に移られた8ヶ月後、私はコンサルティング事業に業務の中心を移すため、TBC受験研究会を去ります。当時、TBCさんには、非常に良い条件で働かせていただいていたので、大きな収入源を失うのは後ろ髪引かれる思いでした。しかし、あの時決断をしなかったら、今の自分は無かったと思います。
田中さんは一言で表現すると「他人にやさしく、自分に厳しい」人でした。自分で決めたノルマは確実にやり遂げる、自分への厳しさを持った人でした。田中さんの中小企業診断士合格への勉強法は、まさにこの厳しさに支えられたものでした。
また、この自分への厳しさは現在もまったく変わっていないことはTBC受験研究会さんで掲載している「 田中講師からの必勝受験アドバイス」に表れています。連載開始以来、自主的に一日も欠かさずアドバイスを継続されているその姿勢には、頭が下がる思いがします。
最近は、随分とお会いしていないので近況を報告し、現在こうして中小企業診断士として生きていられる事を称え合いたいものです。
この本の著者である田中秀一さんは、私が中小企業診断士として独立したての頃、TBC受験研究会でパートナーとして働かせていただいた方です。独立当初、私はTBC受験研究会の講師の仕事と共に、同社の通信教育講座の運営を請け負っていました。この通信講座の運営を同時期に独立した田中秀一さんと二人で行っていたのです。
非常に前向きな方で、私の独立したての頃の不安さや肉体的なしんどさを、よく励ましてくださいました。田中さんのお陰で、独立当初の孤独感もほとんど感じることはありませんでした。
とても頼りにしていた田中さんでしたが、独立して1年目に拠点を大阪に移されます。元々関西出身だった田中さん、関西でも独立してやっていく確信を得たのでしょう、ご家族のご希望もあって大阪に戻られます。このことを、田中さんに初めて打ち明けられたとき、私は涙したことを覚えています。仕事仲間との別に際し、涙したのは会社員時代も含めて先にも後にもこれ一回です。
なお、田中さんが、大阪に移られた8ヶ月後、私はコンサルティング事業に業務の中心を移すため、TBC受験研究会を去ります。当時、TBCさんには、非常に良い条件で働かせていただいていたので、大きな収入源を失うのは後ろ髪引かれる思いでした。しかし、あの時決断をしなかったら、今の自分は無かったと思います。
田中さんは一言で表現すると「他人にやさしく、自分に厳しい」人でした。自分で決めたノルマは確実にやり遂げる、自分への厳しさを持った人でした。田中さんの中小企業診断士合格への勉強法は、まさにこの厳しさに支えられたものでした。
また、この自分への厳しさは現在もまったく変わっていないことはTBC受験研究会さんで掲載している「 田中講師からの必勝受験アドバイス」に表れています。連載開始以来、自主的に一日も欠かさずアドバイスを継続されているその姿勢には、頭が下がる思いがします。
最近は、随分とお会いしていないので近況を報告し、現在こうして中小企業診断士として生きていられる事を称え合いたいものです。






